落下する街

 夜。機内の照明がゆっくりと暗くなり、代わりに青色の照明がだんだんと灯っていった。窓際の間接照明のオレンジ色が、機体の内壁をぼんやりと照らしている。青色に照らされた機内は、なんだか近未来の乗り物みたいだ。まるで宇宙船に乗ってるよう。そういえば夜に離陸する飛行機に乗ることはあまりなかった。ベルト着用を指示するマークが、ポーンという音ともに橙色に点滅する。この音、わずかにあたたかさを感じるようなこの音を聞くのも久々だ。


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 機体は滑走路にゆっくりと侵入する。カーブを曲がるときにふと窓の外に目を遣ると、まっすぐに伸びる滑走路の遥か向こうに、山の斜面に沿ってたくさんの色とりどりの灯りが並んでいるのが見えた。先程友人が教えてくれた、伊丹空港の有名な眺めだと思い当たる。機体が加速を始め、窓の外の夜の景色が後方へと流れてゆく。

 悪い想像ばかりしてしまう癖がある。この飛行機が、運悪く落ちてしまうかもしれない。私は運がいいほうだと思うけれど、絶対大丈夫なんてことは誰にも言えない。この数年間、気分のいい夜には幾度も繰り返し聞いた曲を再生する。女性ボーカルはスロービートに載せて、ある二人の人物が共有する東京での記憶について、歌っている。何度も聞いたその曲の歌詞を聞いていると、すっと胸の奥が据わるのを感じた。いつも飛行機が飛ぶときの、あの混乱と不安がざわざわと波のように肌の表面を撫でていく感覚は、訪れなかった。代わりに、ここ数日の旅のことが思い出された。いつも自分と外の世界とのあいだにガラスの壁を何枚も置いてしまう私が、その場にただ気まぐれに、自然に居ることを許してくれた、大好きな人たち。その笑い声を、笑顔を。もし死んじゃっても大丈夫、と思った。

 座席に押し付けられる感覚、機体がふっと持ち上がる。気持ちは不思議と凪いでいる。なぜだか泣いてしまいそうになった。怖いわけではない。でも何でなのかはわからなかった。

 大阪の夜景はみるみるうちに小さくなる。私が上へと上がっているんじゃなくて、街が下へと落ちていってるんじゃないかな、と思う。窓の外を眺めていると、青色の光のぼんやり灯る宇宙船は、機体を大きく左に傾けた。右手には、すっかり小さくなった、それでもきらきらとした色とりどりの光のぎゅっと詰まった夜景が、ゆっくりと窓の下の方に落ちていって見えなくなった。やがて青色の光は橙へと変わり、宇宙船はいつもの飛行機になった。