雨やどり

ミスドに行きたい気持ち 夜の時間を手のひらに溜めてる レイン・オン・ザ・ルーフ 屋根を打つ雨音を思い出す 早く夏の雨が来るといい 早く夏の蒸し暑い夜が来るといい 夏にしか聞かないと決めてるあの歌を早く聞きたい レイン・オン・ザ・ルーフ 雨の車の中に一人息を潜める寂しさに何度も何度も安堵する フロントガラスを垂れる雨水がスローモーションの涙みたい ミスドでドーナツ3個食べてもいい? フレンチクルーラーを最初の一口のためだけに買いたい 奇跡みたいに笑って ありふれたように話してほしい ゆらゆらゆら 振り子が揺れる 実は私と君との境界に意味はない ゆらゆらゆら 水面が揺れる 私の憂鬱は手のひらに掬った海水に溶けてこぼれる 憂鬱のない世界を生きる

循環の岸辺から

 春だ。めくるページにできた日だまりには、明るい黄色のワンピースを着た、光の精が棲んでいるような気がする。予報によれば、今日からは、あまり気温が下がらないらしい。

 冬を脱ぎ捨てて春に向かう時間の流れは、汗ばむくらいの陽気と、わたしをつめたく閉じ込めるような寒さとを、一日ごとに行きつ戻りつ、一進一退、ウンウン唸りながら重たい荷物を引っ張り上げるかのようだった。日々の寒暖差に振り回され、なんとなく体の不調を感じたりもした。季節は決してたやすく移り変わるわけではなくて、多分春も、今日のこの陽気を迎えるまでに相当苦労したんだろうなぁ、と思う。

 わけあって大学五年目の春を迎えた。入学してから出会った同期たちの多くが、大学を去った。彼らと入れ替わるように、新しい一年生たちが入学して、四月に入って早々、卒アル編集会の仕事で彼らの集合写真なんかを撮ったりした。ここにいる一年生たちは、今から第二外国語の必修を受けたり、ALESAや初ゼミを受けたり、進振りを考えたりするのか。歴史は繰り返し、続いていく。時間が循環している。卒業した友人たちは、新しい場所へと進んでいったわけだから、正確には循環はしていないけれど。ぽっかり空いた空席に新しい世代がぞろぞろ座って、ここにわたしの居場所はまだあるのかな? 少し不安になる。去っていった友人たちを想うと、わたしの心にもぽっかりと穴が開いてしまったような気がする。

 よどみなく流れていく循環から少し逸れた岸辺で、わたしはすべてが流れていくのをぼやっとしながら眺めている。四年間の時間の塊に区切りをつけて去っていく人たちを、入学したてでキャンパスの勝手がわからずうろたえながらも時間の中を突き進む人たちを。それは大きな交差点で交わる雑踏を、少し離れたところから眺めているのに近い感覚かもしれない。

 卒業式の日はよく晴れていて、日差しが、まだ葉をつけていない銀杏並木の枝の間から、卒業生たちの頭上にたっぷりと注いでいた。私は並木の脇の塀の上に腰掛け、再会を喜ぶ人々を、記念写真を撮る人々を、眺めていた。頭上の木からは小鳥の朗らかな鳴き声が聞こえて、何か救われたような気持ちになる。去年もここで聞いた鳴き声。季節は確実に巡っている。私はそれを眺めている。岸辺は少しだけ寂しいけれど、時間が、季節が、よく見えていい眺めです。ふと隣を見遣れば、スーツや袴に身を包んだ卒業生たちで溢れ返る並木の脇の塀のそばには、何人かの私服姿の学生がいた。岸辺にいる人たちを見つけて、少し嬉しくなった。

 

落下する街

 夜。機内の照明がゆっくりと暗くなり、代わりに青色の照明がだんだんと灯っていった。窓際の間接照明のオレンジ色が、機体の内壁をぼんやりと照らしている。青色に照らされた機内は、なんだか近未来の乗り物みたいだ。まるで宇宙船に乗ってるよう。そういえば夜に離陸する飛行機に乗ることはあまりなかった。ベルト着用を指示するマークが、ポーンという音ともに橙色に点滅する。この音、わずかにあたたかさを感じるようなこの音を聞くのも久々だ。


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 機体は滑走路にゆっくりと侵入する。カーブを曲がるときにふと窓の外に目を遣ると、まっすぐに伸びる滑走路の遥か向こうに、山の斜面に沿ってたくさんの色とりどりの灯りが並んでいるのが見えた。先程友人が教えてくれた、伊丹空港の有名な眺めだと思い当たる。機体が加速を始め、窓の外の夜の景色が後方へと流れてゆく。

 悪い想像ばかりしてしまう癖がある。この飛行機が、運悪く落ちてしまうかもしれない。私は運がいいほうだと思うけれど、絶対大丈夫なんてことは誰にも言えない。この数年間、気分のいい夜には幾度も繰り返し聞いた曲を再生する。女性ボーカルはスロービートに載せて、ある二人の人物が共有する東京での記憶について、歌っている。何度も聞いたその曲の歌詞を聞いていると、すっと胸の奥が据わるのを感じた。いつも飛行機が飛ぶときの、あの混乱と不安がざわざわと波のように肌の表面を撫でていく感覚は、訪れなかった。代わりに、ここ数日の旅のことが思い出された。いつも自分と外の世界とのあいだにガラスの壁を何枚も置いてしまう私が、その場にただ気まぐれに、自然に居ることを許してくれた、大好きな人たち。その笑い声を、笑顔を。もし死んじゃっても大丈夫、と思った。

 座席に押し付けられる感覚、機体がふっと持ち上がる。気持ちは不思議と凪いでいる。なぜだか泣いてしまいそうになった。怖いわけではない。でも何でなのかはわからなかった。

 大阪の夜景はみるみるうちに小さくなる。私が上へと上がっているんじゃなくて、街が下へと落ちていってるんじゃないかな、と思う。窓の外を眺めていると、青色の光のぼんやり灯る宇宙船は、機体を大きく左に傾けた。右手には、すっかり小さくなった、それでもきらきらとした色とりどりの光のぎゅっと詰まった夜景が、ゆっくりと窓の下の方に落ちていって見えなくなった。やがて青色の光は橙へと変わり、宇宙船はいつもの飛行機になった。

 

white out

世界が雪に沈められていくのを僕はただ見ていた。白くなった街で、人々はうまく時間の中を進むことができなくなる。最近は君のことをよく思い出します。何かを失うことなど少しも想像しなかった頃の君と僕の上に降り積もる雪です。いくつもの公園のベンチに、カラオケのソファに、寄り道のホームに雪は降る。もう会えなくなった君も僕の中にずっと居て、白く霞んでゆく視界の中でいつまでも笑っている。失うことが前ほど怖くなくなってることに気づいて、また一つ湖が凍る。僕の今は雪にうずめられていつか忘れられていくためにあるんだろう、そんな諦念を抱くセンチメンタルな自分がなんだか許せない気分だ。早く、分厚く張った氷を割って。

#tanka(2020.04.17〜2022.01.14)

 

 

世界が止まっても生きてる僕  

 

許し合い舐め合うことの虚しさを感じずに済む逢わなくていい

ざあざあとからだを包む雨音も遠のきて夜、まぶたがおりる 

赤い靴宵闇の底に沈みけり光なしにはみな同じ黒   

天国も地獄も見たいこの街で マスクを下げれば夜薫る 

 

 

“でも、たぶんいつかいなくなるよ”

 

六畳の夜にサイレン重なり合い パイプオルガンの聖歌と紛う 

何年か前の午後にも吸ったはず 今日とおんなじ秋の空気を 

夜バスの車窓を流れる知らぬ街見つめる君が映る窓ガラス 

ほんとうは捨てたくなかったものだけが降り積もる雪しんしんと冬 

薄情な人の別れの涙だけ 記憶の底でこんなにもきれい 

漠とした祈りを投げる夜の海真っ暗だけど落ちた音がする 

Ifだけが並ぶ背表紙なぞりつつ読まれぬ本がもつ美しさ 

淡雪が夜の水面に溶けてゆくように終わるだろう君と僕 

 

 

耳で世界を聴いてる

 

君の背を思い出す歌ひとつあり思いはいくつも混ざりてせまり 

右耳に宇多田ヒカルが棲んでいてさびしいときだけ目を覚まし歌う 

夜更けて「【立体音響!】波音」がつま先につくる波打ち際だ 

 

 

これはわたしに捧げるわたしの涙

 

思い出が優しくたしかに光るとき昔と今との遠さをおもう

春と紛う黄金(こがね)の夕陽の輝きは迷わず好きと言えた頃の輝き

悔しくて身体が崩れるようだからもう我儘をやめるのはやめる

 

 

天国大盛り2人前

 

お目当ての店が閉まっていたことをとうに通り過ぎてから言われる

なんか出汁の匂いがするからこの店に決める僕らは動物と思う

アスパラガス(さぬきのめざめ)の太いほう君にあげるとき湧いてる泉

寒いのに寒い秋なのに海想うわかめが海の味だったから

薄暗く雨に濡れてる深い森たたえる君の沈黙の視線

かき揚げの中のオクラに喜べる子がいて強く生きてる東京

三時までやってるマックに溢れてるここを自宅にしたい人たち

 

チョコパイはいつもこぼれる君の指僕の指からチョコを拭き取る

 

 

have a butterfly in my stomach

 

どうしても会いたい人のいることの花びら舞う夜の喉元苦し 

 

 

そして人はどこかに還る

向こうでちらちら揺れてる光があるよ、無数の。水平線は霞む光の帯となってぼくの目に映る。東京の夜景を眼下に海のように見ていて、ひろいひろいなぁ、テールランプが泳いでいる。ぼくはこの都市のことを知ってるようで何も知らない。はるはるゆらゆら、ひろがる、この海を、高くから見渡せる場所を、いくつか知っているけど、どこから見ても違う表情で、ぼくは昔好きだったともだち達の横顔を思い出す。どこかの街のエスカレーターの一段上から見下ろす、夕陽を受けたともだちの横顔がきれいだったこと、隣り合わせの席だと、笑ったかおがよく見えないから少し残念で、気づかれないように盗み見たこと。ほかの人と話すときのともだちは、ぼくと話すときのともだちとは別の人みたいで、少し寂しくて、同時に少し安心もしたこと。ぼくはあなたたちのすべてを知ることはできないし、ぼくはちゃんとひとりだ。大丈夫、この広くて密度の高い都市で、ぼくは馬鹿みたいにともだち達に惹かれながら、彷徨っているよ、何年経っても。真っ直ぐ燃える朱い鉄塔を眺めるぼくの視線が変わっても、昔のぼくをなくしても、ぼくはちゃんと孤独でいるよ。

君のことを忘れてはいけない。

三日月が雫を落とすとき、銀色のそよ風が吹いて僕と君の隙間を通り抜ける。ひどく強い、決定的な豪雨が降りそうな、そんな曇った夜空だけが一年も二年も続いている。

白と金色の光の粒がちらちら泳いでは宵闇に消えて、静寂、静寂と張り詰めた僕の心と。君の笑う目元が綺麗。

涼しい風は無性にかなしいから、このまま消えてなくなりたい。

君に近づきたい僕はたぶん明日の朝には消えている。そんな気分を何度も何度も手にしては手放して息をしている。吸って吐いて吸って吐いて、息をし続けるために生きているのか、数分後に死ぬとしてもいまを生きるために生きているのか。

月がまた雫を落とす。瞬いて光が消えてゆく、君の目元がまた笑う。