Entries from 2020-01-01 to 1 month

枝葉考

ぴしぴしぴし と、ガラスにヒビが入るような音を立てて、こまかい木の枝が夜の曇り空の灰色の上を走ってゆく。短く細い枝の黒色が、隅々にまで丁寧にその腕を伸ばして灰色の背景を埋め尽くす。 「雪の結晶みたいじゃない? 枝の先って。」 君はそう言って、…

名前はつけずに

美しい言葉が紡がれる。 それは彼の口から、彼の指先から、彼の瞳から。 真夜のやわらかい月明かりのような、 とめどなく流れる滑らかな水のような、 春の昼下がりのあたたかい陽の光のような、 言葉たち。 私は、彼に恋をしているのでしょうか? それとも、…

図書館という死

どんなに世界から切り離されたように感じても、図書館だけは僕の味方だ。そう、思っていた。図書館は、僕のことを傷つけない。死んだ人達の言葉が地層みたいに降り積もった埃っぽい本棚の森は、僕のことを傷つけない。傷つけないこと、傷つかないことがいつ…

恋文

午前二時

フロアに流れるダンスミュージック。恵比寿の、恵比寿ガーデンプレイスの真反対の路地にひっそり佇む建物の一階では先刻より、嬌声とグラスの割れる音がひっきりなしに響いている。俺はなんでこんな所にいるんだ。薄暗い照明の下では、酔った男と女が何組も…

愛の狭間

「愛してるよ」 私の耳元で、泣きそうな声であなたが囁いた言葉に、後ろめたい気持ちになるのは何故でしょうか。私もあなたが好きで、あなたとこうすることが好きで、あなたの首の匂いが好きなのに。 「うん。私も」 すぐにこう返せなかったのは、あなたが私…

冬晴れ

全てが白く冷たく固い。 教室の後ろ、窓側の席で開いた詩集のページの上に、窓から差す冬のかすかな光が落ちて広がる。刻まれた文字が、細かく震えている。ペットボトルの中の水を通った光が、白い机の上に落ちて揺れる。照明を落とした教室で、いっそう、冬…

断末魔

イヤホンから流れるドラムが鼓膜を叩く なりを潜めたロマンチシズム 沈めてなだめて見ない振り 感傷のにおいが薫って殺して引き裂いて ぬるま湯はずっと幸福だと信じる悪足掻き 時間が直線でも円環でも私は此処には居ない 赤い血赤い肉白い肌辛うじて繋ぎ止…

無題

真夜中、人恋しさ、空腹、冷たい足、煌々と光る液晶、冷蔵庫が立てる低い機械音、秒針の音、絡まったイヤホン、誰か、誰かの声が、聞きたい、