枝葉考
ぴしぴしぴし
と、ガラスにヒビが入るような音を立てて、こまかい木の枝が夜の曇り空の灰色の上を走ってゆく。短く細い枝の黒色が、隅々にまで丁寧にその腕を伸ばして灰色の背景を埋め尽くす。
「雪の結晶みたいじゃない? 枝の先って。」
君はそう言って、やわらかなため息が白く染まる。
「繊細なかたち。枝が伸びてゆく様を早送りで撮ってみたら、きっと綺麗だよ。東京には雪は降らないけど。」
僕は小さく頷いた。
「確かに、雪の結晶みたいにも見えるけど、見ようによっては根っこみたいにも見えるよね」
僕がそう言うと、君は目の前の木の幹から枝の先までをゆっくりと見た。
「ああ、ほんとだ。枝が根っこで、根っこが枝なのね。上下逆さまの世界だ。そしたら私たちは、土の中を歩いているのかな。」
君の想像力は限りなく広がっていって、僕は、とてもかなわない、と思う。隣の君の横顔が、ぼんやりと木を見上げるのを盗み見た。
「ああでも私、夜の木の枝が怖い時もあるな。」
「怖い?」
「うん。なんだか、ゴツゴツうねっていて、まるで生きてるみたいじゃない? いや、生きてるのは生きてるんだけど。こういう冬の曇り空の不気味な色に、葉が落ちたあとの、真っ黒な枝が生き物の手みたいに伸びていて、それは大体見上げた視界の上から覆いかぶさってくるでしょう。私、怖くて怖くて、そこを歩いてると、自分がどうにかなってしまいそうな気がして、小走りで家に帰るの。そういうことが、たまにある。」
ゆっくりと言葉を探しながらそう言った君は、足もとに視線を下ろす。マフラーと長い黒髪に隠れて、表情は分からない。
想像力は、君の手にも収まりきらないのだろう。きっとそれは、意志を持った炎のように、君の身体と心を呑み込んでしまう。
「早く、春になって葉がつくといいね。」
君の柔らかい黒髪を、傷つけないようにそっと撫でた。週末には雪が降るらしい。白く覆われた枝は、きっと君を傷つけない。