愛の狭間
「愛してるよ」
私の耳元で、泣きそうな声であなたが囁いた言葉に、後ろめたい気持ちになるのは何故でしょうか。私もあなたが好きで、あなたとこうすることが好きで、あなたの首の匂いが好きなのに。
「うん。私も」
すぐにこう返せなかったのは、あなたが私を抱き締める腕の強さが、彼との抱擁を思い出させるからなのかもしれません。四年前のあの日も、居場所のない私たちは、カラオケボックスの硬いソファの上で抱き締め合って離れませんでした。悪い予感など何一つなかった私達も、今では互いの消息も分かりません。
「大好き」
あなたの腕にいっそう力が入り、私は少し痛くって、そしてばつが悪い気持ちでした。彼とやり直したいだなんて思っていません。彼のこと、もう愛していません、私。愛していませんなんて、嘘みたいな台詞だけれど。
「私も大好き」
私も大好きだったんです、彼のこと。大好きでも、終わるんです、いつかは。感情は、泣きそうなくらい切実な時が一番美味しくって、あとは腐ってゆくだけです。あなたと抱き合いながら、私は冷蔵庫の奥底にあった腐った桃を思い出していました。あの淫らな果実は、腐っても、甘美な味がするのでしょうか。
「ずっと好きだよ」
抱き合う窓の外では、冬の冷たい雨が信じられないくらい静かに振り続けていました。私はきっと数時間後、改札であなたに笑顔で手を振って、そうして始発電車を待つホームで押し寄せる虚しさを持て余すでしょう。それなのにきっと私、涙は流せずに、性懲りも無く桃を買って帰るでしょう。
「私もずっと好き」