夕波まぎれ

砂嵐。不明瞭な輪郭を夢に見る。目覚めても目覚めても白い天井。ものを食べてからだを洗いぐずぐず意識を眠りに落とす。

 

やわらかい灯りが好きでした。私のこの手の中でいやに白く光る箱は、何を届けてくれますか。「正義」「平等」「偏見」「軽率」「生存」「責任」「退屈」「愚かさ」、ざわめきはやまない、匿名の声が、一緒くたに、重なり合い、私の頭の中で鳴り響く。雑音が鳴り響く。薬の顔をした毒を知らぬ間に聞き取っている、惰性。

 

繋がれる日は、いつか来ますか。この生ぬるく閉ざされた時間の向こうで、あなたの、あなたの、あなたの声が鼓膜を揺らす日を、死んだような私は、ここで一人夢見てる。独り言ばかりがこだまするこの部屋で、だんだんと遠のいてゆく生きた声。思い出せなくなったら終わりと縋る、身体の記憶に。

 

白い布団の上に、たくさんの木漏れ日が揺れている。風がガラス窓の外の葉を揺らして大粒の光を零している、この部屋の中に、私の足の甲に、この暗い瞳の上に。

 

私の爪先は、足の甲は、零れる光を受け止めて、潤ってゆく。透明になってゆく。ざわめきは遠のき、静寂の中に、かすかに波音を聞く。この足先は、海を覚えている。夕暮れのあたたかい光を、なめらかに乗せて寄せる波。濡れた砂浜、茜色に幸福。さざなみが、耳を浸してゆく。意識は波間にたゆたい、とぷんと落ちる。

 

どこか深いところで、あなたの声を、待っています。

 

 

 

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コラムランド2020Sセメスター第一回に際して執筆。テーマ「声」。