熱湯は注いで

駆ける。駆ける。駆ける。少しだけ厚い底の焦げ茶のローファーが、小雨降るアスファルトを蹴るたびにジャリッと小さく音を立てる。小刻みに息を吐く。視線は真っ直ぐに正面を見ている。
黒い学ランの角張った肩、すらりと伸びている脚は少し不恰好に見えるくらい先を急いでいて、でもそれは私の目にはただひたすらに愛おしい。胸の奥がふつふつと沸いて熱が喉元にこみ上げるのを感じる。
いつからこんなに愛おしく感じるようになったのか、もう思い出せない。まわりから見たら理解できないくらい、私は彼の全ての表情と声色に惹かれていて、私に向けられていない笑顔だって、ただ手元のノートに注がれている真剣な視線だって、ぶっきらぼうな低い声だって、触れるたび胸が締め付けられる。そこに添えられる効果音として、きゅん、なんていうのは的確ではなくって、かといって、ぎゅう、とも違う。それはすごく息苦しくて、熱の昇った脳天が熱すぎてヒヤッとするのを確かに感じる。雪の中を歩いて帰って来て一番に入ったお風呂で、湯船の熱い湯が冷たく感じる、あの感じ。
ゆるい傾斜の坂を駆け上りながら、私の頭はまた熱すぎて冷たい。冷たい秋の空気を吸い込んで、熱い喉にはかすかに血の味が混ざる。イヤホンから流れる高くて芯のある声の女性ボーカルが、「私は今しか知らない 貴方の今に閃きたい」と歌い上げている。私は今、一番生きている。淀んだ朝の満員電車の中、惰性で画面をスクロールするときよりも、親友がコートで歓声を浴びているのを球拾いしながら見ているときよりも、全然わからない数学の授業で、プリントの隅に下手な絵を描くときよりも。
私は走り続ける。上り坂を超えた彼は、より一層足を早めて、ぐんぐん距離は開いていく。彼は私が追いかけていることに気づいているのだろうか。気づいていて、それでいて頑なに振り向こうとしないのかもしれない。でも、彼が気づいているか気づいていないか、私をどんな風に思っているかなんて、私にとってはどうでもよかった。私はただ、今が燃やされていくのを、自分の身体に生が満ちていることを、こうやって走っているときだけ、強く感じるのだった。熱を帯びた頭と疲弊したふくらはぎが、思いがけず私に爽快感を与えた。いや、爽快感は嘘。綺麗事を言いました。これは快感です。紛れもなく快感です。脳が痺れるくらいに、私は確かに息をしている。
振り向いてもらえないことに、私はもう慣れ切っていた。それどころか、つれなくされるほど、拒まれるほどに、私は自分が試されているようにさえ感じていた。私でなくちゃいけないと強く信じていた。過信とか、傲慢だとかいう単語は、漢字のテストで書かされるものでしかなくて、それを自分の思考過程に取り込むよりもずっと前の話です。
もうすぐ、追いつきそう。校門をくぐるのと、私が肩を叩くのと、どっちが早いかな。カラカラに乾いた喉、唾を無理やり飲んで、両耳に挿したイヤホンを抜く。