ちよこれいと

さっきから、冷蔵庫が低い呻き声を立てている。

 

「結局私を救うのは、言葉なのか体温なのか。」

 

分からないでいる。乾いたページを繰る乾燥した指先。第二関節のしわの隙間に小さな痛みが一瞬走った。これは紙で切った。切ったはずだと思い目に近づける第二関節、そこには何も見えない。肌、しわに紛れて見えない切り傷。血も見えなくて、痛みは幻だったのかもしれないと再び活字に落とす視線。

 

舌先を甘く絡めとりまとわりつくミルクチョコレート。甘味は、苛立ちや不安を鈍く覆い隠す。強い焦燥をわすれるために、私は死ぬまでに幾つチョコレートを食べるかな。

 

記憶。遠い遠い夏の、からだが覚えているその記憶。緑色のざらざらしたプールサイドで転んだ膝の擦り傷。25メートルが縦に区切られた世界が、「たからさがしゲーム」の時だけは無秩序な海になった。先生がバケツから撒く色とりどりの石のおもちゃ、赤、緑、黄色。水の中、破裂する泡の立てるぶくぶくという低音、横取りされた「たから」。息切れ、手にした赤い石の重さ。水着が生ぬるく肌に張り付く。

 

秒針の音。私の手のひらから次々こぼれ落ちていく時間。液晶の右上のデジタル時計の進みは異常に早い。

 

誰とも会わない一日で、読む本、聞く音楽。活字を追う視線。そのとき、「生きてないもの」や「会ったことのないひと」と、私は繋がっているのかもしれない。それだけでじゅうぶんだと、思える日もある。

 

けれども。紙の上に刻まれた言葉、イヤホンから流れ出す言葉では、満たされない夜もある。私は、生きた体温が欲しくて仕方なくなる。生身の温度。人間、それも、ただの人間ではなく、私という存在と確かに繋がっていると確信できる人間。そんな人間は、幾らも居ないような気がしてくる。だから、焦る。そんな人間の温度は、気づいたらなくなっているかもしれない。

 

言葉でなくて、体温を肌に刻みつけて欲しい。これは至極単純な、寂しさ、というものかもしれない。

 

繋がれないということの不安、孤独、焦燥、そして私はまた一粒、チョコレートを。