読まれなかった恋文

十一月。
憎いくらいに十一月だ。
風は冷たくて、でもまだ私の肌を刺すことはしないでいる。半端な優しさ。透明で冴えた空気が肌に触れたら、私は私のからだも全部透明になって消えてしまうような気がして、服の袖を伸ばして指先を隠す。呼吸する度透明が肺に流れ込んできて、訳も分からない寂しさが胸の奥から湧き上がる。空が高い。雲があんなに遠くに、淡く漂っている。綺麗。だけど届かない。掴んでちぎって食べてしまえそうなぐらいに膨れた夏の雲とは違う。掴もうとしたって、指の間をすり抜けていきそう。
全部あいつみたいだ。半端な優しさ、届かない、すり抜ける、遠い。生殺しの私はこの地上で、擦り切れてなくなりそうな心を持て余すしかないのだ。
空を見るのがなんだか辛くて、うつむいて、重たい足を一歩ずつ前に出す。ため息が白く染まって、私の肺はまだ透明になり切ってなかったんだと知る。いや、これが最後の一息だったのかも。今、透明になってしまったのかもしれない。十一月の空気に満たされた私の肺。
腐りかけたぼろぼろの茶色い落ち葉を少しだけ暴力的な気持ちで踏んで歩いてたら、見下ろした視界が茶色から金色に変わった。思わず足を止めて視線を上げると、黄金の道がずっと先まで続いていた。人ひとりいない夕刻の銀杏並木、地面いっぱいに敷き詰められた朝日みたいな色の葉が斜陽を受けてやわらかく光っていた。静寂。誰が立ち入ることも拒むような、完璧な世界。透明な私の胸が、黄金でいっぱいに満たされた気がした。風が吹いて、木々から離れた葉たちがさざ波みたいな音を立てて舞い落ちてゆく。
気付いたら私は涙を流していて、でもそれがどうしてなのかは分からなかった。分かるのは、目の前の光景が今まで見た景色の中で一番美しいということ、でも私はやっぱりどうしようもなく悲しくて寂しいということ。
十一月を、決して嫌いになれないと思う。

 

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椿本ゼミ第二回に際して執筆。お題「葉」。