日々の果て

    「私は、どこへ向かってゆくのでしょうか。」
    両手のひらに感じるのは生きた水だ。水はうねりながら私を運ぶ。どこへ運ばれているのかは分からない。水面に仰向けになった私の肌には、優しい日が降り注ぐ。あたたかい。私はもうこれから先ずっと、永遠に、この穏やかな日差しのもとで揺られていくような気がする。光。青い空。私にはそれが見える、私はその手触りを確かに知っている。幸福だ。平穏だ。波間に揺られ、好きな歌を口ずさみながら眺めていた太陽は、いつの間にか私の真上を通り過ぎて、恐ろしいほど美しい色に空を染め上げていた。太陽の通っていったその道筋は、紺色から紫へ、紫から金色へとグラデーションを成している。顔を横に傾けると、橙色に眩しく輝く太陽が水平線に飲み込まれていく。あまりにも短い時間で、飲み込まれていく。美しい夕陽が、私に胸騒ぎを残して消えてゆく。太陽の消えた先を見つめたまま、半分水に浸かった口を僅かに開けて「寂しい」と呟けば、ごぽごぽと音を立て冷たい水が口の中に流れ込む。
    やがて空は濃い藍色に変わり、隅々にまで星が散りばめられる。月は見えない。誰が宝石箱を夜空にひっくり返したのか。手を伸ばしたって、私には届きやしないのに。ざわざわと、私の胸を不安と孤独が覆う。私のからだを抱いていた水が、緩やかにうねりながら、私の腕を、脚を、胴をとらえて、水中へと引きずり込もうとする。星屑が揺らめく。夜空に伸ばした指先もやがて水に呑まれ、重たい私のからだは暗い水の底へとゆっくりと沈んでゆく。もう星の光は見えない。全てがぼやけてゆく。きっとこのまま目を閉じてしまえば、気づいた頃には再び水面に浮いている。さっき浴びた光の温もりはきっと忘れる。さっき目にした星の瞬きはきっと色褪せる。そうして、また新しい陽光に撫でられて漂っているに違いない。
    「私は、どこへ向かってゆくのでしょうか。」
    分からないけれど、この水に運ばれた先が、砂漠であればいいと思う。

    私のことなどまるで気に留めない乾いた砂の上に横たわり、私のことなどまるで見えていない灼熱の太陽と満天の星空とが、代わる代わる世界を埋め尽くすその様に、圧倒され続けたい。何も望まず、何も与えられず、何も失わずに。
    揺蕩うその先が、砂漠であればいい。

 

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椿本ゼミ第三回に際して執筆。お題「たゆたう」。