新月の夜に。

夜の砂浜には、さざ波が打ち寄せ潮の匂いを運んでくる。新月の今夜、星は真っ黒な空いっぱいに瞬き、波は星あかりを受けてつやつや光る。足首を包む海水、きみのしずかな背中の後ろを歩く。わたしが歩む度、水がきらきら揺れて光るのはなんで。夜光虫だよ、ときみが呟いて、再び訪れる静寂と距離。

 

ひとは他人の感情が分からない。

きみがいま、何を思っているのか教えて。教えて欲しいけどそれは言葉にされた時点できっと偽物だろう。わたしはわたしの感情世界でしか生きられないということの、狭さ、歯痒さ。

 

ゆっくりと足を浅瀬に泳がせていたきみが、不意に立ち止まる。

 

半透明の薄い膜が、さっきからずっと、きみとわたしの間にある。そっと、手のひらを添えてみる。途端、きみとわたしの境界面は、サイダーの泡に包まれてしゅわしゅわと曖昧になってゆく。涼しい夏の夜風が吹いて、わたしのうなじのくせ毛を揺らす。

 

独りよがりの世界を、このゆるやかな時間の中に溶かしてなくしてしまえたなら。きみの気持ちを空想し、都合よくひとり悦ぶわたしの暴力性を、終わる夏のサイダーの泡に溶かして流してしまえたなら。

 

しゅわしゅわしてる白い光が、星空に溶けていく様子を、振り返ったきみの暗い瞳の中に広がっていく様子を、見ていた。