二年越しの旅行記

高校三年生の夏休み、受験勉強真っ只中。スタディプラスをインストールし「質より量!」の勉強の沼にはまり、毎日勉強していた。ある日母に、「勉強ばかりじゃしんどいだろうから、熱海に一泊旅行でも行こうか」と提案され、夏休み終盤、家族で熱海旅行に出かけた。

宿泊したのは某有名リゾートホテル。たまの贅沢が好きな母が連れて行ってくれた。リゾートホテルの中にはブックカフェがあった。妹と弟が釣り体験に出かけていた間、私はそこにふらっと足を運んだ。

そこはまさに私にとって楽園のような場所だった。

靴を脱ぎくつろげるソファにベッド。本棚には写真集や文庫本が大量にあった。
日本の絶景や星空の写真集、「夜景で巡る東海道五十三次」、旅行記にエッセイ。
興味の赴くままに本を手に取り、誰もいないソファに寝転がってペラペラめくる。あの数時間のあいだ、私の心はどこか別の場所をふらふらと自由に旅していた。
写真集を見るのが好きだ。最近ようやく自覚したことだが、今思うとこの時から始まっていたのだ。
行ったこともない場所の、美しい景色。星空や宇宙の写真。

旅行の二日目、朝から家族と別行動。
樹齢二千余年の木々が有名な来宮神社、そして山の上に建つMOA美術館にバスを使って一人で赴いた。

来宮神社では、高く太くそびえる木に神々しいものを感じた。この木は、弥生時代に生まれたのだ。2000年の間ここ熱海で繰り広げられた歴史を、見つめてきたのだ。

MOA美術館ではその時、歌川広重の特別展が開催されていた。東海道五十三次の作品群を見て、浮世絵に魅了された。私の浮世絵好きも、この時から始まっていたのだろう。

帰り道、一人で東海道本線に揺られていた。日は暮れかけていた。
左手には山々。たまに民家が現れ、山の上の空は薄紫色に染まっていた。
右手には太平洋。海しか、見えない。夕方から夜へと変わる時間の海は、暗くどっしりとそこに横たわっていた。
ブックカフェで見た、「夜景で巡る東海道五十三次」という写真集を思い出した。MOA美術館で見た、浮世絵も。
江戸時代の人々も、同じ景色を見ていたのだろうか。彼らの移動手段は専ら足であっただろうが、それでも、左手に山を、右手に海を。そうして、眺めのいい場所で一休み。夜には宿場町に着き、宿でその地でとれた食材を使った料理を味わう。
私は、彼らが何十日もかけて歩いたであろう区間を、たった数時間で移動してしまった。受験が終わったら、「在来線で巡る東海道五十三次の旅」をしてみたいなぁ。そう思った。ちなみにまだその計画は実現出来ていない。