におい

12月。
人に誘われて、とあるキリスト教系の大学で行われるクリスマス礼拝に行った。その名も燭火礼拝。蝋燭の燭に、火と書いて燭火。その日は寒い金曜日で、前の用事が長引いたために慌てて会場へと向かった。冷たい空気の中をバス停まで走ったから、喉の奥に血の味がする。大学前でバスを降り、友人と合流して教会へ向かう。教会の脇には、色とりどりの電飾で飾られたクリスマスツリーが、夜の中に佇んでいた。 

 

教会の中に入り、木の長椅子に詰めて腰掛ける。赤いガウンを着た学生たちによって、ひとりひとりに火を灯したロウソクが手渡される。ロウソクの下半分は白いプラスチックで覆われていた。ゆらゆら揺れるその灯りは、前の座席の、焦げ茶色の木でできた背もたれを、仄かに照らしている。

 

暫くして席が埋まると、正面の壇上で黒い服を着た学生たちが賛美歌を歌い始めた。その後様々な言語によって、聖書が読み上げられる。私はキリスト教の教会で礼拝に参加するのはそれが初めてだった。誘ってもらったからと、軽い気持ちで来てしまったけど、思ったよりずっと厳かな雰囲気。友人に促されるまま、ひとりひとりに用意された聖書を開く。聖書を手に取ったのも、それが初めてだった。かなりのアウェー感を感じた。この礼拝に来ている人は、皆キリスト教の信者なのだろうか。私は場違いなところに来てしまったのかもしれない・・・。

 

賛美歌の合唱が始まった。壇上の学生たちが歌い始める。するとやわらかい鐘の音が聞こえて、私は音のするほうを振り返った。二階にはハンドベルを持った学生たちが横並びに並んでいた。ハンドベル。幼稚園の発表会で、演奏した記憶がかすかにあった。それを見るまで、そんなことは、すっかり忘れていた。私は濃い青色のハンドベルだった。幼稚園の小さな舞台の、ざらざらした布で覆われた床。薄暗い客席、小さな椅子の上に並んで腰掛ける人達──・・・。

 

合唱が終わると、礼拝はもう終わりに差し掛かっていた。最後の最後は、周りの人たちがアーメンと呟くのに合わせて私も小さく口を動かし、一斉にふうっと蝋燭の火を吹き消した。それまで手元を包んでいたまあるい光は消え、黒く焦げた蝋燭の先から、煙が一筋立ちのぼる。吹き消したその一瞬、熱く焦げたような煙の匂いに、私はふと、誕生日ケーキを思い出す。狭くて古い祖母の家。電灯を消して、家族と親戚とケーキを囲み、ひと息で消そうと力む。それは、ずっとずっと昔の記憶だった。まだ小学生にもならないくらい小さい時の。真っ暗な部屋に、皆でまあるく机を囲んで。 

 

「行こうか」
隣の友人の声で、はっと我に返る。帰りはまた、教会前のクリスマスツリーを見た。大きなツリーの向こうに、満月が出ていた。人気のない並木道を友人と並んで歩きながら、私は今この時間から切り離されたような心持ちでいた。自分の過去には、もう忘れてしまったような時間が、雪のように厚く降り積もっているらしい。今日はその、一番下、根雪の部分を思い出した。そんなことをなんとなく思いながら、冷たい風に吹かれ、バス停でバスを待っていた。