爆心地

東京は、朱い炎を中心にして、まわっている。

 

仲のいい男友達と、赤坂のラーメン店を出て、特に行くあてもなく夜の東京を歩いた。くだらない雑談をし、コンビニの前に座り込んで、プリンとスイートポテトを半分こした。自販機で缶コーヒーを買って飲みながら、歩く度心もとなく揺れる歩道橋を渡る。

 

坂道を下っている時、ビルとビルの隙間に、一瞬、朱い光の柱が見えた気がした。幻覚じゃないよな、と言い合いながら光の見えた方を目指して進んでいくと、不意に建物の後ろに、さっきよりも大きな朱い光が覗いた。東京タワーだった。東京タワーをこんなに近くで見たのは、小さい頃に家族と昼間来て以来かもしれない。夜、ライトアップされた東京タワーを間近で見るのは、それが初めてだった。おそるおそる、私たちはその朱色に輝く電波塔の真下まで歩いて行った。夜の東京タワーは、昼の真っ赤なそれとは、まるで別人だった。朱色の光がその骨格を包むように照らしていた。触れれば硬く頑丈な建造物であるということを忘れてしまうくらい、その塔は朱色の光と一体化していた。幻のようだった。塔の根元の際にまで近寄り、真下からその頂上を見上げると、真っ黒な夜空の中に、朱色の炎の塊が燃え盛って、今にもこちらに落ちてきそうだった。

 

ふと隣の友人に目を遣ると、ガードレールに腰掛けた彼は、同じように塔のてっぺんを見つめていた。上を見上げすぎて、今にも後ろの車道に落ちてしまいそうだった。無言で夜空を見上げる彼の姿は危うげで儚かった。今でも目に焼き付いている。朱色の炎が夜の静寂の中に燃え立っているあの景色も。あの十月の晩の、言いようのない空気の匂いも、覚えている。

 

夜の東京タワーの麓まで行ったのは、それが最初で最後だ。あれから四年経つが、あの朱色の塔を見る時には、今でもどきりとしてしまう。山手線のドア横に立って、夜、外を流れるネオンの向こうにそれを見つけた時。六本木の森美術館の帰り、低い建物が並ぶ夜景の向こうにそれを眺める時。新宿、都庁の展望台から、紫色に光るドコモタワーの奥にそれを見る時。私の鼓動は早くなり、身体にはうっすらと汗が滲む。あの塔を見る度に、私の心は一つずつ燃えて死んでいっているような気がする。

 

四年前のあの時以来、私は何人かの人と交際したが、「夜の東京タワーに行こうね」と約束はしても、実際に恋人と行ったことは一度たりともなかった。あの燃え落ちてくるような朱色の塔を、再び間近で見上げる時、私の心はどうなってしまうのだろうか。あの時のようにまた恍惚とするだろうか、それとも、以前より色褪せて見える輝きに失望するだろうか。分からない。その分からなさが怖くて、誰かと一緒にあの電波塔に近づくことが、できない。

 

ほら、また今日も見えた。都心の高層ビルの最上階でのパーティー。会場の大きなガラス窓の外。夜の底に沈みぽつぽつと光を放つビル群の中に、ひとりゆらめく炎の塔。私の東京は、あの朱い炎を中心にして、まわっている。