私の夜

私の知らない夜を想う。

騒々しいネオンサインで溢れかえる新宿駅東口。皆が皆知らないふりしてすれ違うスクランブル交差点。朱色の光に包まれて立つ東京タワー。恋人たちが囁き合うスカイツリーのてっぺん。道端のホームレスのうたた寝の中の夢。誰も居ない閉園後の新宿御苑、黒くどろりと横たわる池。遠く揺れる高層ビル群の夜景、その頂上で点滅する赤い光──を、なすすべもなく近所の坂の上から見てるだけの私。

もう大学二年生だ。ハタチだ。なのに門限なんてものがあるから、私は知らない。終電がなくなったあとの、夜の底に沈んだ東京を。ただ一人、部屋で、白々しい電球の灯りの下で、毎夜私の知らない夜を想う。

──午前三時十九分の街の空は何色。真っ黒なのか、それとも深い藍色なのか。人間が次々眠りに落ちて部屋の灯りが消されたら、少しは星が見えるのかもしれない。血管のように地面を這って覆い尽くす線路は、最早なんの意味も成さない。お金がないからタクシーには乗れなくて、私にはこの二本の足しか無いと知るのか。深夜のコンビニにバニラアイスを買いに行けばその道中で、イヤホン越しに聞こえる虫の音。誰も居ない路地裏の消えそうな月に心を二秒殺される。子供達は眠る、仕事を終えた人々も眠る。けれど夜の底に沈んだ東京はひっそりと呼吸を続け、すれ違いが、沢山の偶然が、水面の泡のように絶え間なく生まれては消えてゆく──。

私は知らない。何も知らない。知りたい、見たい、会いたい、触れたい。成人したなんて嘘だ。あの夜を、坂の上から見えるあの夜の手触りを知らないで、成人だなんてふざけるな。ふざけるな、ふざけるな──午前三時三十七分、白々しい電球の灯りの下で、また軽薄な睡魔に捕らわれる。夜が零れ落ちる。

 

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(椿本ゼミ第一回に際して執筆。お題「夜」。)