炎天

草熱れの中を歩く。視界は青く茂る草木で埋め尽くされている。遠くから、一羽二羽の蝉の鳴き声が聞こえる。別の虫の声も聞こえる。虫の声はなんとなく夜中に聞くものだと思っていたのだが、日中も蝉以外の虫は鳴いているようだ。暑い。身につけた布がすべて肌に張り付いてくるような湿度である。家から徒歩五分の公園なのに、まるであらゆる時間と空間から隔絶されたような、心細さと少しの恐怖に身震いする。夏の日差しのもとでは、何か不穏なことが起こりそうな気がしてくる。小説の中には、太陽の眩しさが理由で人を殺した人がいたらしい。自分もふっと目眩がした拍子にそんなふうに引き金を引いてしまいそうな気がしてくる。あるいは、すぐそこの草むらから、だれかヤバい人が姿を現し、襲いかかってくるような気がしてくる。池の鯉も今日は心做しか苦しそうに口を開閉している。蝉の声が鳴り止まない。視界は青く茂る草木で埋め尽くされている。夏の昼はなんだか不気味で怖い。怖い怖い。全てが生きてるのに死んでる気がする。もしくは、五分後に全てが音もなくふっと死ぬような気がする。早くこの草むらを抜けなくては。早くこの時間を抜けなくては。