『光を盗んだのは』

唇を重ねる度、あなたの光を真っ黒に塗り潰している。

 

浮かべた微笑み、澄んだ声。閉じた瞼に白い首筋。

僕をからかうあなたの悪戯っぽい微笑みが、僕の鼓動を乱す。楽しそうに笑ったかと思えば、すぐに引き結ばれる薄い唇。目の前にあなたの瞳。その瞳が見つめるのは、僕じゃない。僕を透かして、遠くを見つめる。此処に居るのに、あなたは遠い。

 

あなたが紡ぐ言葉が好きだ。誰も寄せ付けないような強くて繊細な言葉を、丁寧に選び取るその様が。あなたが真剣にものを考える、その横顔が好きだ。眉間に寄せた皺も、鋭く真っ直ぐにものを見つめるその瞳も。あなたの、僕を安心させるその笑顔が好きだ。僕はまるで、手を伸ばせばすぐに届くくらい、あなたの心のすぐそばに近づいたような気がする。それも束の間、あなたはひらりと僕の手をかわす。僕には見えない何かを見つめて、気づけばあなたはひとり、僕よりずっと前を歩いている。ひらひらと掴み所なく色を変えてゆく、万華鏡のようなあなた。

 

僕は醜い。

あなたの美しさは、あなただけのものなのに。あなたの孤独も、あなただけのものなのに。あなたの今も、あなただけのものなのに。どうしようもなく欲してしまうのだ。美しいあなたを、あなたの孤独に踏み入ることを、あなたの今を独り占めすることを。

 

それでもあなたは愛おしそうに目を細めて言う。「君は優しくて、美しい」。僕は優しくもなければ、美しくもない。あなたのことを全部、僕のものにしたいだなんて、なんて身勝手で醜いのだろう。

 

今日も僕は、あなたに触れる。触れているけど、触れてない。白い肌に触れる。閉じた瞼に口づけを落とす。指先は触れているのに、唇は触れているのに、満たされない。あなたの美しい心に、触れられない。表面をなぞっているだけじゃ、意味がないんだ。駄目なんだ。分かっているのに、僕にはそれしかできなくて。こうして肌が触れ合う度に、寂しさと虚しさが胸を静かに浸す。真っ白な肌、僕が口づけたところから、真っ暗な闇がじわりと滲んで光を喰う。

 

────────────────────

 

椿本ゼミ第五回に際して執筆。お題「犯人」。