フィクション

私、八方美人なんです。

目の前の人が切実な目で欲している言葉はすぐに判ってしまうし、あなたのお望み通りに振舞っていれば、あなたは私に依存して、私の元から去らないでいてくれるもの。

だから、あなたがショートヘアの女の子が好きだなんて何ともなしに言えば、私は多分すぐに髪を切っちゃうような女だった。あなたが自撮りを送ってなんて言えば、慣れないインカメで撮ったしょうもない自分の顔を送っちゃうような女だった。あなたが俺だけ見てと言えば、他の友達との予定はキャンセルしちゃうような女だった。あなたが好きだと言ったアーティストの曲は、片っ端からアルバムを借りて骨の髄まで叩き込むように聞く女だった。あなたが夜更かしなら、私も夜更かしをしたし、あなたが好きな詩は私も大好きになった。あなたがミニスカートが好きだといえば冬でもスカートばかり履くような女だった。あなたがヒールを褒めたら、足が痛いのに毎日ヒールを履いていくような女だった。あなたがカメラ好きなら、私もカメラを持ち歩くような女だった。あなたが私に似てると言ったアイドルを、三日にいっぺんは画像検索するような女だった。あなたがやたらと"レモン色"なんて言葉使うから、レモンの香水をつけて会いに行くような女だった。

私、八方美人なんです。

いやいや、違うでしょ。

私、都合のいい女なんです。

くるくるくるくる七変化。そんなふうに言えば聞こえはいいけど、恋した相手が生活の軸になってしまうなんて、全然かっこよくない。ちょっと阿呆っぽくて可愛いけど、ダサくて笑っちゃう。

「好きなことを好きなように好きなだけやる自分を、そのまま好きになってくれる人を愛する」

私の美学はこれだったはずでしょう。主義と言動が、全く一致していない。私の好きなことって、なんだっけ。

私はほんとは、一ヶ月にいっぺんはベリーショートにしたいなんて言い出すけど、骨格的に似合わないから絶対にそんな真似は出来ない。私はほんとは、自撮りなんてするのも見るのも好きじゃない。ほんとは、異性の友達とだって仲良くご飯くらい食べに行きたいし、あなたが好きだと言ったアーティストの曲は悲しくなるからもう二度と聞けない。ほんとは夜更かし辞めたいし、あなたが好きな詩は本当には理解できなかった。冬場は寒いから、ミニスカートなんて全然履きたくないし、できれば毎日ズボンで出掛けたい。ヒールは足が疲れるから、たまにでいいしスニーカーが大好き。カメラは好きだけど、あなたの方が写真が上手だから、毎回ちょっと落ち込んでた。あのアイドルは可愛いけど、私はあんなに可愛い顔をしてないと思うし、この娘みたいになってって言われてるみたいでちょっと不快だった。香水なんかもう、半年近く、つけてない。

でも、全部全部私の好きなように振舞ったら、あなたは居なくなってしまうでしょう。あなたが期待する理想の私に近づいて、そうしたらいつまでも愛して貰える。ほら、言ってみて、あなたは私にどうして欲しいの。

「あなたはそのままでいい」

そのまま?

「どんな髪型でもあなたが好きだし、夜更かしやめたくてもしちゃうどうしようもないあなたが好き。ズボンにスニーカーのあなたはかっこよくて素敵だし、深夜に急に泣きながら電話かけてくるあなたも好き。ぐらぐらで、危うくて脆くて、それでも今日も生きてるあなたが好き。」

私、あなたのお望み通りにしなくてもいいんですか。

ぼやける視界、滲むあなた。

私、誰かにきっと、許されたかった。