シロツメクサ

道端の雑草でも、私は全然良かったんだ。 咲いた白い小さな花を、摘んだ夜の冷たい風、今でも時々思い出す。 街には星が散らばっていて、おあずけされてた幸福は、私を芯から震わせた。 小さな午後、小さな公園、風が吹き抜け葉がこすれ。 制服の袖を通るそ…

におい

12月。人に誘われて、とあるキリスト教系の大学で行われるクリスマス礼拝に行った。その名も燭火礼拝。蝋燭の燭に、火と書いて燭火。その日は寒い金曜日で、前の用事が長引いたために慌てて会場へと向かった。冷たい空気の中をバス停まで走ったから、喉の奥…

爆心地

東京は、朱い炎を中心にして、まわっている。 仲のいい男友達と、赤坂のラーメン店を出て、特に行くあてもなく夜の東京を歩いた。くだらない雑談をし、コンビニの前に座り込んで、プリンとスイートポテトを半分こした。自販機で缶コーヒーを買って飲みながら…

白昼の銀河鉄道

「おはよう」耳に心地よい低い声が、遠くから聞こえる。眩しい。薄く開けた瞼の向こう、柔らかな日差しがいっぱいに差し込む窓のそばに、幻みたいな君の姿が見える。「…おはよう。早起きだね」「いや、さっき起きたとこだよ。それに…時計見てみなよ」「……十…

Sid and the Daydream

彼。彼は、真っ黒なコートを着ていた。冬。冷たい雨の静かに降る日。私たちは駅の出口で待ち合わせをした。手にした本からふと顔を上げると、向こうから、黒いコートを着た彼が近づいてくる。透き通るように白い肌。雨に濡れたのか、その黒髪はわずかに湿っ…

Nocturne

彼と会うときは、いつも雨が降っていた。 新宿三丁目の小さな喫茶店を出て、通りを歩く。蒸し暑い空気の中、彼と一緒に都庁の展望台に向かっていた。昼下がりの空には今にも雨を降らしそうな灰色の雲が低く垂れ込めていて、雑踏には梅雨特有の閉塞感が漂う。…

ブログを始めて一年が経ちました。

70。 このブログに一年間で投稿した記事の数だ。この一年間でのアクセス数は約6000。ちまちまと書き留めてはちまちまとSNSで宣伝していたが、6000という数字を見ると、塵も積もれば山となるのだなと実感させられる。この一年の間に、ブログを覗きに来てくだ…

2020年春

世界が、薄い半透明の膜を通して、ぼんやりと見えている。 朝、重たい身体を布団から引きずり出して、ものを食べて、洗濯をし、本を読んで、スマホを触り、空腹に耐えかねてまたものを食べ、風呂に入り、またぐずぐずと意識を眠りに落とす。それを繰り返す。…

夕波まぎれ

砂嵐。不明瞭な輪郭を夢に見る。目覚めても目覚めても白い天井。ものを食べてからだを洗いぐずぐず意識を眠りに落とす。 やわらかい灯りが好きでした。私のこの手の中でいやに白く光る箱は、何を届けてくれますか。「正義」「平等」「偏見」「軽率」「生存」…

熱湯は注いで

駆ける。駆ける。駆ける。少しだけ厚い底の焦げ茶のローファーが、小雨降るアスファルトを蹴るたびにジャリッと小さく音を立てる。小刻みに息を吐く。視線は真っ直ぐに正面を見ている。黒い学ランの角張った肩、すらりと伸びている脚は少し不恰好に見えるく…

自我と絶望のような何か

「今に飛び込むことを何故そんなに恐れるの」 君にはわかりやしない。後先のことなんか考えずに今を生きることのできる君には。今に誠実であること、それはすなわち、過去を疎外していくことでもあるのだ。 「恐れているんじゃないよ」 「じゃあなんだってい…

この身

「死にたくない」 些細なことで、ピーラーで皮を剥くみたいに、少しずつ削られていく心。 美しいものを、他人と共有したいと思うこともあるし、誰にも踏み入られたくないと泣きわめくこともある。 知った気になんてならないで、私のことを。 なんて思う自分…

花の色は

どこまでも続く桜並木を、風の強い日に歩く。 白い花びらが舞う中を歩く、瞼のすぐそばを、指先を、掠めていく花びら。 風のカーテンが膨れて、大量の白い細かい花弁が流れてゆく。 いつか、高校の授業中、廊下側の冷えた席から、ふと窓の外に目を向けたなら…

君が眠りにつくまで、枯れないで花達 君は僕を見つけないで、どうか夜の底まで 僕は愛する人誰からも見つからない場所へ、深く深く潜っていくよ、ひとりで どうしても逆らいたい夜の時間に、 君は一人でどこまでもゆく 白い光が差してくるまで、それもいいけ…

ヘンゼルとグレーテル

日常に染まりゆく。 ここが私の居る場所なんだと、居場所以外の場所にゆくたび強く思う。一年前の私が持ってなかったものを今の私は持っているし、一年前の私が持っていたものを今の私は失っている。二年前、三年前、四年前だっておんなじこと。私というもの…

硝子

壊れかけの人間と、壊れた関係性とが同居しているこの空間で、私は生も死も見たことがないのに、勝手にすべてをわかった気でいる。一度つまずいたら、誰もが再び歩き出せるとは限らなくて、彼が陽の光を浴びなくなって何年経つのだろう。つまずいた時から時…

#tanka (2019.7.24~2020.2.2)

青色の日々 蝉の声世界は依然美しく芝の緑よ我を慰む 生春巻きの皮の中から見た世界恋を失うぼやけた世界 ラベンダーの綺麗なスカート衝動買い良い香りのする心が欲しい あかねいろ影をたずさえ物思う口づけしたい君の瞳に 雨粒の作る輪っかのうつくしさ君の…

流動と燃焼

現在地は不明 、確かなのはこの身のみ。 流れゆく景色、視界で捉えて。 目的地は未定、足の向くまま、神頼み。 移ろいゆく話題、真実なんてなくていい。 ただこの嗅覚だけを、頼りにしてたい。 苦いコーヒー、緩慢に時間が漂う。 沈黙が研ぎ澄ます、理性と知…

正しさなんて要らない

「傷つかないで済むように賢く生きる」ことを覚えてしまったなら、十代の私の精神は本当に死んでしまうと思っている。 衝突を避けるための当たり障りのない受け答え。私たちは本当は分かり合えないということを、心のどっかでは理解してるくせに、分かり合え…

ちよこれいと

さっきから、冷蔵庫が低い呻き声を立てている。 「結局私を救うのは、言葉なのか体温なのか。」 分からないでいる。乾いたページを繰る乾燥した指先。第二関節のしわの隙間に小さな痛みが一瞬走った。これは紙で切った。切ったはずだと思い目に近づける第二…

夏待ち

暖冬、ですね。 私の甘えや感傷を徹底的に殺してくれない半端な寒さなんて、憎いだけだ。 冷気が皮膚を刺す時、世界全部が自分の身体の外側に切り離されている気がする。ため息を吐けば、私と冬の境界が震えて白く染まる。抗えない寒さの中に一人でいる時、…

解剖学

浮き足立った気持ちなんていうのは、結局のところ自分大好きってちょっとでも思えるから生まれるんだ。ちょっと謎めいてて一匹狼の君が、私にだけは猫みたいに甘えてくれるのがくすぐったくて嬉しいのも、"私にだけ"だからだ。「こんな話、あなたにしか出来…

鍋の底に泡立つ気泡を見ていた ばばばばば、しゅしゅしゅしゅしゅ あなたは、愛する人の顔面が交通事故でまるきり変わってしまっても、その人と共に生きたいと思えますか あなたが言う「愛してる」が、すべて自己愛に帰結するものだとして、あなたはそれでも…

空と川と優しさ

からっぽのわたし

今の私はからっぽだ。 心身ともに、からっぽ。それは清々しいからっぽではなくて、虚しさが付きまとっている。同じからっぽでも、晴れた休日の朝に電車に乗っている時のからっぽは、とても爽快なのだ。自分はからっぽだから、身軽で、どこにでも行けると思え…

枝葉考

ぴしぴしぴし と、ガラスにヒビが入るような音を立てて、こまかい木の枝が夜の曇り空の灰色の上を走ってゆく。短く細い枝の黒色が、隅々にまで丁寧にその腕を伸ばして灰色の背景を埋め尽くす。 「雪の結晶みたいじゃない? 枝の先って。」 君はそう言って、…

名前はつけずに

美しい言葉が紡がれる。 それは彼の口から、彼の指先から、彼の瞳から。 真夜のやわらかい月明かりのような、 とめどなく流れる滑らかな水のような、 春の昼下がりのあたたかい陽の光のような、 言葉たち。 私は、彼に恋をしているのでしょうか? それとも、…

図書館という死

どんなに世界から切り離されたように感じても、図書館だけは僕の味方だ。そう、思っていた。図書館は、僕のことを傷つけない。死んだ人達の言葉が地層みたいに降り積もった埃っぽい本棚の森は、僕のことを傷つけない。傷つけないこと、傷つかないことがいつ…

恋文

午前二時

フロアに流れるダンスミュージック。恵比寿の、恵比寿ガーデンプレイスの真反対の路地にひっそり佇む建物の一階では先刻より、嬌声とグラスの割れる音がひっきりなしに響いている。俺はなんでこんな所にいるんだ。薄暗い照明の下では、酔った男と女が何組も…